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奔流の中へ ~三増峠の陣

2006–05–10 (Wed) 23:59
平成18年、5月3日――
武田家の命運を左右する上杉戦役、開戦である。

寄合閣議で予想されていたように
決戦の火蓋はこの日、
せき止められた奔流があふれ出すように切って落とされた。

武田・上杉双方の敵対投票が急激に伸びを見せる中、
合戦場を選ぶ暇さえない両陣営は、
運命にその選定を託す。
かくして両陣営は武蔵-甲府間の戦場、三増峠に集結する。
攻撃側は僅差で武田家が侵攻票を上回り、取得。
両陣営ともに夜半の盛況する時間帯には
350人もの武士をそろえる大決戦となった。

武田家目付 甲賀りき丸、
新米の百足衆(伝令のことです)として上杉戦役の初日から参陣。
不知火棗より受け継ぎし装備を真紅に染め上げ、
長い7日間の合戦を戦い抜く。
彼もまた、荒れ狂う奔流の只中に流れた一滴の意思だった。
その胸に、守るべき思い出と、折れることなき信念を宿して。

三増峠決戦
…とまあ、
久しぶりの更新ですが、
今更ゴールデンウィーク中の一大イベント「三増峠の合戦」を振り返るりき丸です。
日付は戦役終了日の10日になっておりますが、
記入は6/7だったりしちゃったりしてw

さて、合戦の様子を華々しく
SSでも交えながら報告していきたかったのですが、
そんな余裕、ありませんでした!あっはっは!
正直、スクリーンショットのボタン押すより
伝令マクロの組み換えと大声/私設会話への伝令供給で忙しすぎて
そんなの、無理!ヽ(´▽`)ノ
しかも、記憶がだいぶ薄れてきた……
やっぱりこういうのは、生でやらなきゃダメですね…
ま、そんな時間あったら合戦いっちゃうわけですが…

このたびの合戦で、
りき丸は非常に多くの方と知り合い、助けられ、
そして楽しみました。
すでに次の合戦も終了しておりますし、
いろいろ些細な武勇伝もできてきましたが、
まずはこの場を借りて御礼申し上げます。

   * * *
三増峠の合戦は、大方の予想を覆す圧倒的な戦果を以って
その幕を閉じた。
盛者必衰の理ゆえか。
そこには在りし日の強国上杉の姿はなく
かつて美濃を侵略し、陥落した頃の武田家の勢威があった。
武田家の元には遠国より多くの推挙者が集まっていたが
それ以外に美濃攻略後に隠居していた古強者たちが
続々と復帰してきたという話も聞いている。
大戦を前に勇んで参加した者、
あるいは上杉に踏みにじられた悔しさをはらさんとする者、
武田家存亡の危機を聞きつけ集まった者。
いずれの理由にせよ、この戦いはいつしか、
武田家の中でも多くの人々に望まれるものになっていた。
そうしたさまざまな意思が混濁して出来上がった武田軍団は、
結果として上杉家に勝利する大きな力を得た形になった。

三増峠の陣において、りき丸もまた大きな成長を遂げた。
伝令に駆け回る姿も、合戦が終わる頃にはようやくさまになっていた。
最初は誤報を多く交えた伝令をオウム返しのように叫んでいたが
多くの先達に助けられた結果、
合戦が終わる頃には情報を選び、状況を見据える力を身につけていた。
伝令は戦局の流れを逐一見ていくことが仕事になる。
これは、合戦を知らないりき丸にとって大きな糧となった。
戦局を知るということは、
己がその場でできることを知ることにも繋がる。
それはりき丸を
ただの新兵からひとりの戦力に仕立て上げるために必要な要素だった。
また彼は、武田家の弱点とされる時間帯である
早朝から午前にかけて行われる陣に参加することで
個人が成し得ることの多くを学び取った。

戦場の地理を知り、合戦の仕組みを知りはじめたりき丸だが
手柄はほとんど上げていないに等しかった。
自陣防衛の際に敵PCから勝利して得たマゲの数も20程度にとどまり、
敵NPCを狩ることで得る勲功も、それほど多くはない。
伝令に身を置くと、
そうした徒党活動から遠ざかってしまいがちであるためだ。

しかし現実世界ではゴールデンウィーク最終日となる5月7日。
大きなチャンスが訪れた。
りき丸がまだ修行時代だった頃からの知人であるアヤネさんの紹介で
軍学党首の甚さんが率いるNPC狩りの徒党に参加したのだ。

戦局はそのとき敵陣の要となる中陣中備を侵攻中。
合戦情報を共有する武田家私設会話において、
左翼中備の敵将・吉江攻略徒党の募集を行っていた。
りき丸は徒党員の総意が決まるよりも早く
敵・左翼中備の攻略に名乗りを上げた。
ほとんど巻き込んだ形となったが、
党首甚さんをはじめ、皆が快くその挑戦を受け容れてくれた。
かくしてりき丸は、合戦正式デビュー5日目にして
はやくも中条攻略作戦を発案する立場となった。
すべてがはじめての経験だ。
甚さんを中心に徒党員と相談した結果、
出発は味方の中陣中備から出発が決定。
りき丸が単身でルート確認を行い敵将・吉江の所在地を確認。
吉江陣前での熾烈なPC攻防戦に加わる康ちゃんに援護要請を願い出て、
伝令の師である壬生さんや水鏡さんの力を得て、
突撃支援の人員を召集していただく。
すべての準備が整い、出撃のカウントダウンを叫ぶりき丸は
武者震いの余り、歯がガチガチと音を立てていた。
5・4・3・2・1…

しかし、とりつきは結果的に失敗に終わった。
徒党の先頭を切ったりき丸だったが、吉江陣到着の時にはすでに
他の徒党が取り付きに成功していたのであった。
大きな期待と未知なる不安を胸いっぱいに膨らませていたりき丸には
最初の小さな失望だった。
もう少し早く段取りを済ませることができれば。
経験が足らなかった。
しかしりき丸の意気込みを汲んでくれた甚さんが
次なる武将狩りの標的を求めて動き出してくれた。
目標は、敵に奪われたあとの陣から選び出すことが決まった。
陣陥落後、1時間経過すると再び敵将が同じ場所に陣を形成する。
幾度か中老試験者を党内に含む徒党にその座を譲ったりしたものの
ようやく標的が定まった。
敵中陣先鋒の勇将・鬼小島である。
二刀流を誇る鍛冶武将だ。
武将が湧く30分ほど前から周到に敵将の出現位置を抑え、
敵将が湧くと同時に戦いに挑んだ。
りき丸にとって、はじめての武将戦であった。
対決・鬼小島

鬼小島

「俺の鬼太刀の切れ味。たっぷりと味わっていきな!いざ勝負!」

緊迫した30分ほどの攻防をりき丸は夢中で戦い抜いた。
作戦は確か巫女落した後鬼小島を斬って残党処理のはずだったが
まったく記憶にない。
会ったのはただ、楽しく戦えたという記憶だけだ。
ある程度徒党員に熟練者もいたのだろうと思われたが
とにかくスムーズに大過なく落とせたことだけは確かだ。

五月八日0時12分、佐々木甚五率いる徒党は
敵将鬼小島の首を掲げた。
りき丸にとってはじめての本格的な参戦で
はじめての手柄であった。
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コメント

奔流の中へ ~三増峠の陣

初武将おめおめ!!

今後も上杉合戦がんばるべーーーー!!

奔流の中へ ~三増峠の陣

> 康ちゃん

俺の初陣からずっと見守る俺の心のアニキよ!(笑)
生まれたときは違えども
死ぬときは一緒ぞ!?w
川中島の淡雪に真紅の大輪、咲かせてやろうじゃないか
(それが俺の血なのか敵の血なのかはわからんが)

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